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松浦
鷹島エリア
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宮地嶽史跡公園
昭和45年に史跡公園として整備され、本島で最も眺めがよいところです。
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龍面庵
1281年弘安の役で鎮西奉行少弐経資の弟、景資が本陣を構えたところと伝えられています。
1281年弘安の役で鎮西奉行少弐経資の弟、景資が本陣を構えたところと伝えられています。
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松浦市立埋蔵文化財センター ガイダンス施設(旧 鷹島歴史民俗資料館)
人々に元寇の特異性と知識を深め、地域文化活動・児童生徒の学習の場として歴史民俗資料館が開館
人々に元寇の特異性と知識を深め、地域文化活動・児童生徒の学習の場として歴史民俗資料館が開館
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松浦市立埋蔵文化財センター(旧 鷹島埋蔵文化財センター)
埋蔵文化財センターでは、元寇遺物の脱塩・保存処理などの作業を行い遺物の保存に万全を期しています。
埋蔵文化財センターでは、元寇遺物の脱塩・保存処理などの作業を行い遺物の保存に万全を期しています。
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兵衛次郎の墓
兵衛次郎は、元軍襲来を対馬小太郎と共に大宰府に報じ、また、小太郎と共に戦い鷹島で戦死した一人です。神崎免伊野利の浜、西南方の丘の上にお墓が建てられていて、石堂様とも呼ばれています。
兵衛次郎は、元軍襲来を対馬小太郎と共に大宰府に報じ、また、小太郎と共に戦い鷹島で戦死した一人です。神崎免伊野利の浜、西南方の丘の上にお墓が建てられていて、石堂様とも呼ばれています。
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対馬小太郎の墓
里免清水川の南側丘の上にあり、対馬の守護代・宗助国の家臣、小太郎の墳墓です。
里免清水川の南側丘の上にあり、対馬の守護代・宗助国の家臣、小太郎の墳墓です。
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銅造り如来坐像
江戸時代の終わり、ある漁師が原の海岸が魚の群で海の色が変わる夢を見て、翌朝早速その辺りで網を引いたところ、この仏像がかかってきたそうです。
江戸時代の終わり、ある漁師が原の海岸が魚の群で海の色が変わる夢を見て、翌朝早速その辺りで網を引いたところ、この仏像がかかってきたそうです。
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牧の岳史跡公園
鷹島で一番高いところに位置する、標高117mの牧の岳。島全域と四方をとりまく海を見渡すことができます。
鷹島で一番高いところに位置する、標高117mの牧の岳。島全域と四方をとりまく海を見渡すことができます。
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開田の七人塚
1274年文永の役で、鷹島に上陸した元軍は、我が防衛軍の不備に乗じて島民のほとんどを虐殺しました。船唐津免の開田付近は当時山深く、人目につきにくい山奥に一軒家の8人家族が住んでいたところ、不幸にも飼っていた鶏が鳴いたため元軍に発見され、8人のうち7人が殺され、灰だめに隠れていたお婆さん1人が助かったと言われています。それ以来、開田では鶏を飼わないと伝えられています。
1274年文永の役で、鷹島に上陸した元軍は、我が防衛軍の不備に乗じて島民のほとんどを虐殺しました。船唐津免の開田付近は当時山深く、人目につきにくい山奥に一軒家の8人家族が住んでいたところ、不幸にも飼っていた鶏が鳴いたため元軍に発見され、8人のうち7人が殺され、灰だめに隠れていたお婆さん1人が助かったと言われています。それ以来、開田では鶏を飼わないと伝えられています。
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今宮神社・広久山満福寺
境内には樹齢450年といわれる大銀杏があり、昭和32年に長崎県指定天然記念物になっています。
境内には樹齢450年といわれる大銀杏があり、昭和32年に長崎県指定天然記念物になっています。