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松浦
資料館・神社・社叢
山崎の大蛇退治の伝説
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昔ここに天然の池があり、1頭8尾の大蛇が住んでいました。娘を大蛇に呑まれた両親が池の端を切って水を川に流すと、大蛇が現れて風雨が激しくなったため...
松山神社
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(まつやまじんじゃ) 欽明(きんめい)天皇24年(563)、不老山嶺に不老権現を祀り、大宝2年(702)役小角(えんのおづぬ)が高野・松山田・庄...
今宮神社
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(いまみやじんじゃ) 松浦党党祖、久(ひさし)公を祀る神社で、寛文(かんぶん)9年(1669)宗家松浦20代信貞公が建立されました。鳥居も信貞公...
宗家松浦丹後守家累代の墓(旧宛陵寺跡)
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この墓地はもともと松浦党党祖、久(ひさし)公の館跡でした。久公死後、仁平(にんぺい)2年(1152)、天漸院(てんぜんいん)という寺が建立され、...
今福神社(歳の宮)
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(いまぶくじんじゃ(としのみや)) 応徳(おうとく)元年(1084)、松浦党党祖・久(ひさし)公が、ぎぎが浜上陸後、滋賀県多賀(たが)の大明神の...
護舜寺
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(ごしゅんじ)  秀吉の朝鮮出兵の際に、平戸松浦26代鎮信(しげのぶ)公に従って朝鮮に渡った正守(しょうしゅ)大和尚は、帰国後も敵味方の区別なく...
慈光寺の金銅阿弥陀如来坐像
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(じこうじのこんどうあみだにょらいざぞう) 県指定有形文化財 平成20年2月22日指定 昭和58年(1983)、境内にある池の大掃除の際に発見...
妙音寺金銅観音坐像(渡来仏)
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(みょうおんじこんどうかんのんざぞう(とらいぶつ)) この観音坐像は、平戸瑞雲寺の末寺で明治の廃仏毀釈により廃寺になった牟田の慈眼寺より本寺に...
旧金泉寺の銅造如来坐像
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(きゅうきんせんじのどうぞうにょらいざぞう) 県指定有形文化財 平成18年3月3日指定 高麗(こうらい)前期(918~1100)の渡来仏で、松...
羽黒神社(はぐろじんじゃ)
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文治(ぶんじ)5年、神代出羽権守(こうじろでわのごんのかみ)という人が、羽黒山大権現の分霊を奉じ、奥州卒土ヶ浜を出、ここに「羽黒大権現の社号を奉...
遺跡・記念碑
高野の六地蔵塔
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(たかののろくじぞうとう) 高さは2.7mとかなり大型で、塔身は上下2段、4列に各12仏が彫刻されています。「干時天正十二年(1584)十一月吉...
松園休己の供養塔
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(まつぞのきゅうきのくようとう) 松園一族のひとり、松園休己夫妻の供養塔です。天文11年(1542)、平戸、志佐連合軍が今福の梶谷城を攻めたとき...
銀杏ヶ浦の五輪塔
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(いちょうがうらのごりんとう) 左側が五輪塔で、一部は室町中期、他は室町後期の作と思われます。中央と右側は宝篋印塔(経文を収めた塔)と江戸時代の...
上人様(じょうにんさま)
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この地方を大干ばつが襲ったとき、村人たちは餓死寸前まで追い込まれました。その様子を見た通りがかりの上人様が、自分を犠牲にして生き埋めとなり、土中...
刈萱城跡(城山)
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建久(けんきゅう)2年(1191)、源頼朝の命でこの地に下向した加藤左衛門重氏が、この地に刈萱城を築き、その後城を棄てて紀州高野山に移ったと伝え...
千人塚
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弘安4年(1281)、元の軍船4,000艘軍勢14万人が松浦沿岸に集結、大規模な戦いが展開される中、大型台風によって元軍艦船のほとんどが沈没し、...
梶谷城(かじやじょう)跡
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梶谷城は、今福町の今福城山頂にある中世山城で、松浦氏の居城であったといわれます。 平安末期頃に築城され、山頂を楕円形に削り本丸を築き、北側に二の...
その他
宗家松浦3代 松浦源二郎清公の墓
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(まつらげんじろうきよしこうのはか) 清公は、宗家松浦2代直(なおす)公の第2子で、嘉応(かおう)元年(1169)、父より御厨荘700町歩を譲り...
円成寺墓地の六地蔵塔
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(えんじょうじぼちのろくじぞうとう) この墓地内には3基の六地蔵塔があり、手前の塔は天正期(16世紀後半)の型をしています。後ろの左側の塔の傘は...
不老山
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(ふろうさん) 紀元前3世紀、中国の秦の始皇帝の命を受けた徐福(じょふく)が、不老不死の薬を探してこの山に登ったとの伝説から不老山と呼ばれていま...
志佐壱岐守純高公の墓
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(しさいきのかみすみたかこうのはか) 純高公は、平戸松浦26代鎮信公とともに朝鮮に出陣し、天正20年(1592)に20歳で戦死されています。公の...
宗家松浦13代 丹後守盛公の墓
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(たんごのかみさかるこうのはか) 盛公は、相神浦(あいこのうら)〈佐世保市相浦〉を貿易港として、長禄(ちょうろく)元年(1457)より朝鮮との貿...
宗家松浦10代 丹後守勝公の墓
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(たんごのかみまさるこうのはか) 向かって左から2番目が勝公の宝篋印塔です。梶谷城主として西有田の唐船城(とうせんじょう)を併有し、貿易や文化の...
松山田の六地蔵塔
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(まつやまだのろくじぞうとう) 塔身に3段の尊像が各段11仏、合わせて33仏刻まれています。中断には、卍を胸につけた珍しい尊像があります。造られ...
松園屋敷跡
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(まつぞのやしきあと) 代々白井や調川を領した地頭、松園氏の屋敷跡で、城と屋敷を合わせ持つ平山城の好例です。松園氏は天文11年(1542)、平戸...
白浜源介(助)の墓
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(しおはまげんすけのはか) 源介は直谷城主志佐純正の家老で、直谷城が永禄7年(1564)に平戸から攻められた際に、幼い城主の子を背負い、相神浦(...
お南様(墓所)
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(おみなみさま(ぼしょ)) 平戸松浦26代鎮信(しげのぶ)公に従って朝鮮に出兵した、志佐純高(すみたか)公の室で、通称「お南様」と呼ばれた方の...